■ 空気の壁
前回のコラムでは、キャンピングカーのシャシー(足回り)に焦点を当て、「ヤリスとほぼ同じトレッド(車輪の左右幅)の上に、高さ3メートルの巨大な居住空間が載っている」という、キャブコンキャンピングカーの物理的な特徴について解説しました。
今回は、視点を足回りから「車体全体」へと移します。高速道路を走行中、大型トラックに追い越された瞬間に車体がフワッと吸い寄せられるような恐怖を感じたり、向かい風でアクセルを踏んでも全く車が進まないといった経験はないでしょうか。キャンピングカーが高速道路を走る時、私たちは「空気」という目に見えない巨大な壁と常に戦っています。今回は、流体力学の観点からキャンピングカーと一般的な乗用車の「空気抵抗」を数値化し、なぜキャンピングカーにおいては「高速道路では適切な速度でクルージングすること」が安全・安心なドライブを楽しむ条件になるのかを、工学的なデータと共に紐解いていきます。
■ キャンピングカーは空気の壁と戦いながら走っている
空気抵抗の大きさを決める重要な要素は、主に2つあります。
一つは「前面投影面積(前から見たときの面積)」、もう一つは「Cd値(空気抵抗係数)」です。この2つを掛け合わせた数値(CdA)が、その車がどれだけ空気の壁から抵抗を受けるかを示す指標となります。
空気抵抗の公式は、次のようになります
・空気抵抗 = 1/2×ρ×V^2×Cd×A(ρ:空気密度、V: 速度、Cd:抗力係数、A:前面投影面積)
ここで注目するのは、V:速度は「2乗」で効いてくることと、Cd:抗力係数、A:前面投影面積はかけ算で効いてくることです。
一般的な乗用車とキャンピングカーを比較してみましょう。
一般的な乗用車(例:トヨタ・カムリなどのミドルサイズセダン)
・Cd値(空気抵抗係数):0.30(風を綺麗に受け流す設計)
・A(前面投影面積)= 全幅:1800mm(1.8m)× 全高:1500mm( 1.5m) = 2.7平方メートル
・空気抵抗の指標(CdA):0.81
キャンピングカー(例:カムロードベースのキャブコン)
・A(前面投影面積)= 全幅:2000mm(2.0m)× 全高:3000mm(3.0m)= 6.0平方メートル
・Cd値(空気抵抗係数):0.50(推定値)
・空気抵抗の指標(CdA):3.00
キャンピングカーの空気抵抗は、前面投影面積が乗用車に比べて2倍以上あるだけでなく、箱型の形状ゆえに風を受け流すことができずCd値も大きくなってしまいます。今回想定した数値の場合、キャンピングカーは一般的な乗用車の「約3.7倍」の空気抵抗を受けながら走ることになります。すなわち、大げさな比喩ではなく、乗用車との比較では常に巨大なパラシュートを背負って走っているような状態とも言えそうです。
■ 速度の「2乗」と「3乗」がもたらす冷酷な現実
「3.7倍の抵抗があるなら、アクセルを多めに踏めばいいのでは?」そう思われるかもしれません。しかし、流体力学にはドライバーの感覚を狂わせる残酷な法則があります。それは、「空気抵抗は、速度の『2乗』に比例して増加し、それに打ち勝つための出力(パワー)は「力 × 速度」である、ということです。
すなわち「空気抵抗に打ち勝って車を前に進めるために必要なエンジン出力(パワー)は、速度の『3乗』に比例する」のです。
どういうことでしょうか。無風の平坦な道を「50km/h」と「100km/h」で走った場合のデータを比較してみましょう。
(※計算をシンプルにするため、路面摩擦や駆動損失を除いて算出します。計算条件:国際標準大気 ISA準拠 [気温15℃、1気圧、空気密度1.225 kg/m³])
【時速50km/h】走行時の比較
・乗用車が空気抵抗に打ち勝つために必要な出力:約 1.3 kW(約1.8馬力)
・キャンピングカーが空気抵抗に打ち勝つために必要な出力:約 4.9 kW(約6.7馬力)
時速50kmであれば、空気抵抗に打ち勝つための出力の差は5馬力弱程度なので、問題視するような抵抗ではありません。
【時速100km/h】走行時の比較
では、高速道路に乗り、速度を50km/hから2倍の「100km/h」に上げるとどうなるでしょうか。速度が2倍になると、抵抗力は「2の2乗=4倍」、必要な出力は「2の3乗=8倍」に跳ね上がります。
・乗用車が空気抵抗に打ち勝つために必要な出力:約 10.6 kW(約14.4馬力)
・キャンピングカーが空気抵抗に打ち勝つために必要な出力:約 39.4 kW(約53.6馬力)
このように、速度が100km/hと倍に上がると、50km/hでは5馬力程度だった空気抵抗に対抗する出力の差が39馬力と8倍程度に拡大するのです。
参考として、高速道路の一部区間で許されている最高速度120km/hで走るとどうなるかも算出すると、カムロードベースのキャブコンが120km/hの空気抵抗に打ち勝つために必要な出力は、約68.0 kW(約92馬力)まで増加します。カムロードのディーゼルターボエンジンは、最高出力 144 ps (106 kW)なので、時速100km/hで走るときには、エンジンの最大能力の「3分の1以上」が空気の壁と戦うため消費されてしまいます。これに3トン程度の車重がもたらす走行抵抗、エアコンの稼働などが加わると余力はなく、エンジンは相当な高負荷で使われている状態になります。
さらに恐ろしいのは、前回のコラムで指摘した「足回りの弱さ」との複合的な連鎖です。
120km/hで空気の壁と闘っているキャンピングカーの真四角なボディの床下には大量の空気が流れ込み、車体を上へと持ち上げようとする「揚力」が発生します。ただでさえヤリスと同等のホイールベースとトレッドで高い重心を支えている状態なのに、自重でタイヤを地面に押し付ける力も空気によって奪われていくのです。この「エンジンの余力がなく」「タイヤの接地感も希薄」という状態で走行している時に、横から突風が吹いたら? あるいは大型トラックに横をすり抜けられ、空気の壁が乱れたら?
車体も足回りも「安全マージン」が限られている状態なので、ドライバーはもとより同乗者も緊張を強いられる状況になることは容易に予想できます。
■「我慢」ではなく「成熟した大人の余裕」へ
CSSファクトリーがこのような工学的な事実を皆様にお伝えするのは、決してキャンピングカーの性能を否定するためでも、恐怖を煽るためでもありません。車両の持つ物理的な特性を正しく理解し、それを受け入れて特性に逆らわない乗り方をマスターしていただくことこそが、キャンピングカーのドライブを安全・安心に楽しんでいただき、キャンピングカーライフを豊かにすると信じているからです。
キャンピングカーは、目的地に1分1秒でも早く到着するための乗り物ではありません。移動のプロセスそのものを楽しむ、陸のクルーザー(ヨット)のような乗り物です。高速道路でのキャンピングカーの適切なクルージングスピードは、走行車線を「80km/h 〜 90km/h」で悠々と流すことなのです。
100km/hから80km/hに速度を落とすだけで、空気抵抗から受ける負荷は劇的に減少します。風切り音やエンジン音が静かになり、燃費は格段に向上し、横風を受けた時の車体の揺れも、余裕を持って対応できる範囲に収まります。追い越し車線を飛ばしていく乗用車を横目に、同乗する家族とリラックスして会話を楽しみながら、安全な速度で堂々とクルージングする。これこそが、キャンピングカーオーナーが嗜む「成熟した大人の余裕」ではないでしょうか。
■ CSSファクトリーが提供する「80km/hの極上の心地よさ」
私たちCSSファクトリーが提案する足回りのチューニングは、「キャンピングカーで120km/hを安全に飛ばすため」のものではありません。それは物理法則を無視した過信を生むだけです。私たちの技術は、「80km/h〜90km/hのクルージングを、ドライバーがリラックスでき、疲労感なく安全・安心な乗り味をキープし続けられるか」という点に全振りしています。クルージング時の横風や段差の衝撃をいなすためのショックアブソーバーやスプリングの選定は、すべて空気の壁と戦うのではなく、悠々と旅をするための「予防保全」なのです。
「ちょっとスピードを出しすぎているかもしれない」
高速道路を走る際にそう感じたら、ぜひ速度を少し緩めてみてください。そして、安全マージンを取り戻した車内で、心ゆくまで非日常の旅を楽しんでいただければ幸いです。