はじめに:半世紀にわたりライトキャブコンを支えたボンゴ

こんにちは、CSSファクトリーです。

今回のキャンピングカーラウンジでは、半世紀にわたりライトキャブコンを支えてきたマツダ・ボンゴの系譜について技術的な視点で述べていきます。

マツダ・ボンゴは、1966年5月の誕生以来、日本の商用車市場で半世紀以上にわたり活躍してきた小型キャブオーバー車で、2026年には誕生60周年を迎える息の長いブランドです。ボンゴが長く支持された理由は、単に商用車としての耐久性や経済性だけではありません。限られたボディサイズの中で最大限の荷室空間を確保する設計思想、低床化による優れた架装性、そしてトラックモデルに用意された独自のシャシー構造は、日本独自の発展を遂げている「ライトキャブコン」の歴史に大きな影響を与えました。

現在のライトキャブコン市場では、ベース車両はタウンエースを始めとしてボンゴも含まれるダイハツ・グランマックス系のOEM車にほぼ集約されました。しかし、トラックは2024年1月、ダイハツの認証不正問題を受け国交省が型式指定を取り消して以降生産不可の状態が継続し、バンは2026年7月中旬をもって現行仕様の生産終了が予告されています。後継モデルの発表はまだありませんが、なるべく早い次期モデルの登場を期待したい状況です。

しかし、1970年代から2010年代にかけて、多くのキャンパービルダーがボンゴ系シャシーを採用した背景には、「小さな車体で最大限の居住空間を作る」というライトキャブコンの思想と、ボンゴのメカニズムが非常に高い親和性を持っていたことが挙げられます。

本稿では、初代から自社生産終了までのボンゴの系譜をたどりながら、なぜこの車両が日本のライトキャブコン文化を支える存在になったのか、その技術的背景を紐解いていきます。

*この記事は、2016年の「マツダ技報No.33ボンゴ生誕50周年を迎えて」、自工会発行の「自動車ガイドブック」、自動車雑誌「CURIOUS」、当時のカタログを参考に執筆しています。

第1章:初代ボンゴ(1966年5月〜)リアエンジンによる超低床構造の実現

1966年5月に誕生した初代ボンゴは、当時は乗用車で一般的だったリアエンジン・リアドライブ(RR)方式を採用しました。搭載されたエンジンは800ccの水冷直列4気筒ガソリンエンジンで、マツダの特徴であった「白いエンジン」と呼ばれるアルミ製ブロックを採用していました。1968年9月には1000ccへ変更されています。

最大の特徴は、リアエンジンレイアウトを採用することで実現した低床設計で、スバル・サンバーの思想にも近いと言えそうです。

床面地上高は、トラック:約460mm、バン:約450mm という、小型商用車として非常に低い水準を実現しました。これは荷物の積み降ろし作業を容易にするだけでなく、乗降性の向上にも貢献しています。また、トラックでは2段折りたたみ式サイドドア、バン・ワゴンではスライドドアを採用し、いずれもクラス初となる装備として注目されました。

RRレイアウトには、空間効率以外にもメリットがあり、重量物であるエンジンの重心が駆動輪である後輪より後方に来ることから、空荷でも後輪への荷重が確保され、雪道などでの発進時や登坂時のトラクション性能に優れています。さらに、エンジンが乗員空間から離れた位置にあることから、商用車としては騒音や振動を抑えやすい構造でした。

この特徴は、後にライトキャブコンのベース車両として重要になる「フラットな床面」「広い架装スペース」「居住部における快適性」という条件につながっています。

初代ボンゴは、あくまで商用車として開発された車両ですが、その低床・高効率パッケージは、後のキャンピングカー架装に求められる資質をすでに備えていたと言えます。

第2章:2代目ボンゴ(1977年8月〜)小径ダブルタイヤによるフラットフロアの確立

1977年8月に登場した2代目ボンゴは、大きな設計変更を受けました。

初代のRR方式から、エンジンをフロントシート下に搭載するキャブオーバー型のFR方式に変更されたのです。同時に、リアサスペンションは商用車で一般的なリーフリジット式に改められました。発売時のエンジンは1300ccと1600ccガソリンとなっています。1979年10月にはこのクラスとして初となるディーゼルエンジンも追加設定され、経済性に対するニーズに応えています。

一方で、架装性という点で後世に大きな影響を与えた特徴が、全モデルへの小径ダブルタイヤ採用です。

前後輪が同サイズとなる一般的な後輪シングルタイヤ車では、タイヤハウスが荷室内へ張り出し、荷物の積載性に影響してしまいます。キャンピングカー架装でも、タイヤハウスによりベッドや家具、シンクなどの配置に制約が生じる場合が多々あります。2代目ボンゴは、リアに小径タイヤを左右2本ずつ配置する「小径ダブルタイヤ」にすることで、タイヤハウスの張り出しを無くしたフラットかつ低床の荷室を実現しました。これは、国内では「トラックではクラス初」「バンでは業界初」となる構造です。

この設計は市場から高く評価され、一般的になりつつあったワンボックスバンベースの3列シート乗用ワゴン市場において確固たる地位を築いていきました。その結果、ボンゴシリーズは月間5,000台規模で販売され、当時のマツダ国内ディーラーの最量販車種となっています。

なお、小径ダブルタイヤによる低床構造は、荷役性向上だけではなく、キャブコン架装時にも全高を抑えられることにより、重心低下や横風への安定性向上というメリットをもたらします。低床構造は、後のライトキャブコンにおける重要な設計基準のひとつになったといえるでしょう。

第3章:3代目ボンゴ(1983年9月〜)多様化する需要への対応とライトキャブコンベース車としての地位

1983年9月、3代目ボンゴが登場しました。

発売時の搭載エンジンは、乗用ワゴンが2000ccディーゼルと1800ccガソリン、バンは同ディーゼルと1400ccガソリンでした。翌1984年には、トラックもモデルチェンジしています。

3代目では、市場の多様化に対応するため、バンには小径ダブルタイヤ仕様に加えてシングルタイヤ仕様も設定されました。乗用ワゴンはシングルタイヤ仕様が中心となり、当初はダブルタイヤ仕様も設定されていましたが、後述する4WD仕様が追加された1984年11月には廃止となっています。

一方、ライトキャブコンの架装ベースとなるトラックモデルでは、小径ダブルタイヤによる低床・フラットフロア仕様が継続されます。四角い居住空間を搭載するキャブコンでは、十分な室内高を確保した上で全高を抑えられることから、この構造のメリットは非常に大きいと言えます。そのため、ボンゴトラックは長年にわたりライトキャブコンの代表的なベース車両として選ばれ続けることになります。

長寿命モデルとなった3代目の進化

3代目ボンゴは、1983年から1999年まで16年間にわたり生産された長寿モデルでした。その間、時代の要求に合わせてさまざまなバリエーションが追加されると共に改良が行われています。主な展開として、4WDモデル追加やAT車の設定、特装車的な扱いではありましたが、電気自動車「ボンゴEV」発売が挙げられます。

そして、1989年11月には、当時マツダが展開していた5チャンネル体制のうち「ユーノス」店向けに「ユーノスカーゴ」という名称でボンゴの姉妹車が供給されています。ユーノスカーゴは、当初4ナンバーの商用車のみ、1990年2月には5ナンバーの乗用ワゴン「ユーノスカーゴワゴン」が設定されました。ワゴンモデルは、上級志向のユーノス店に合わせて全機種にツートーンカラーを採用するなどの上級化が図られていました。しかし、売れ行きの苦戦とバブル崩壊に伴うブランド再編により、ユーノスカーゴは1993年7月にわずか3年強で販売を終了し、その後はボンゴに統合されました。

また、1994年からは、他メーカーへのOEM供給が開始されています。

ボンゴ・ブローニィの誕生:4ナンバーフルサイズの長尺モデル

3代目ボンゴの展開で重要な存在となったのが、派生モデルであるボンゴ・ブローニィです。

ブローニィは、標準ボンゴよりホイールベースを380mm、全長を4ナンバー枠ギリギリの4690mmまで延長し、1〜1.5トン積みクラスを担う本格的な小型商用車として展開されました。標準ボンゴが、コンパクトな取り回しで市街地での使いやすさを重視したモデルである一方、ブローニィは、より広い荷室と高い積載能力、長尺架装への対応を求めるユーザーに向けた車両でした。

ライトキャブコンの架装においても、「標準ボンゴベース=取り回し重視」「ブローニィベース=居住空間重視」という選択肢が生まれ、ビルダーはユーザーの用途に合わせた車両作りが可能になりました。

4WDシステムの採用:パートタイム式4WDと大減速のローレンジ

3代目ボンゴには、1984年11月にパートタイム式4WDも設定されました。

当初はマニュアルトランスミッションのみの設定で、当時の競合他車と同様に副変速機が採用されていました。ボンゴに採用された副変速機の特徴は、ローレンジのギア比が2.210と大きく減速されていたことです。例えば、初代三菱パジェロのローレンジのギア比は1.944だったので、ボンゴの方が13.6%減速されているギア比(=駆動力が大きい)を採用していたことになります。

フロントサスペンションのアーム類が強化され、トランスファーにはしっかりしたガードを装着し、大減速のローレンジを備えた4WDシステムは、キャンピングカーに架装した重量車でも高い走破性を実現していました。この4WDシステムは、アウトドア用途を重視するユーザーやキャンパービルダーからも評価され、大きく変更されることなく令和の時代まで生き抜いたのでした。

OEMプラットフォームとしての展開:フォード・日産・三菱へ広がったボンゴ系シャシー

3代目ボンゴの長いモデルライフの中で特筆すべき出来事が、他メーカーへのOEM供給です。1983年に登場した3代目ボンゴは、熟成された基本設計と小型キャブオーバーワンボックスの高い汎用性から、マツダ以外の販売網でも展開されることになりました。

日本フォードへの供給

3代目ボンゴの登場当初から、日本フォードへのOEM供給が行われました。1979年にマツダと提携したフォードと共に整備した販売網であるオートラマ店向けには、3代目ボンゴをベースとした車両が供給され、用途に応じて複数の車名が設定されました。

  • 乗用ワゴン系:スペクトロン
  • 商用バン・トラック系:J80
  • 同ブローニィベースの長尺モデル:J100

なお、乗用ワゴンのロングボディ版である「ボンゴ・ブローニィワゴン」は、日本国内向けにはフォードブランドの設定はありませんでした。

この時代、日本ではRV(レクリエーショナル・ビークル)市場が拡大しつつあり、ワンボックス車をベースとしたアウトドア用途への関心も高まっていたことから、オートラマ店で販売するフォード版も設定されたのだと思われます。

日産バネットへのOEM供給

1990年代に入ると、自動車業界では衝突安全基準の強化や排出ガス規制への対応が求められるようになります。

この時期、日産自動車は1994年からマツダからOEM供給を受け、ボンゴをベースとした「バネット」として販売を開始しました。これは、日産がコンパクトなキャブオーバー商用ワンボックス車の自社開発を中止したことで生じた商品ラインナップの空白を、マツダからのOEMで維持するという戦略でした。

三菱デリカシリーズへの展開

1999年には三菱自動車にもボンゴのOEM供給が開始されます。

三菱自動車向けには、

  • ボンゴ・ブローニィバン:デリカカーゴ
  • 標準ボンゴバン:デリカバン
  • ボンゴトラック:デリカトラック

として展開されました。

つまり、当時の市場では、「マツダ・ボンゴ」「日産・バネット」「三菱・デリカ」という異なるブランド名で、内外装の加飾が一部異なるだけの車輛を選択できたのです。これは、現在軽商用車の「スズキ・エブリィ」が「日産・クリッパー」「マツダ・スクラム」「三菱・ミニキャブ」として各社から販売されている状況と同様です。

複数のディーラーから機械としては全く同じ車両を入手できることは、キャンピングカービルダーにとって大きなメリットでした。懇意の販売店からベース車両を入手することができることに加えて、他のビルダーと補修部品や整備ノウハウも共有されやすくなりました。

その結果、ボンゴ系シャシーは長年にわたりライトキャブコンの主要なベース車両として活用されていくことになります。

韓国でのライセンス生産:「ボンゴ」という名称を定着させた起亜

ボンゴの影響は日本国内だけにとどまりませんでした。

1980年9月、マツダと技術提携していた韓国の起亜産業(後の起亜自動車)は、2代目マツダ・ボンゴを導入し、「起亜・ボンゴ」として生産・販売を開始しました。

当時の韓国市場では、①多人数が乗車でき ②荷物を積載でき ③道路事情に適したコンパクトな車体 を持つワンボックス型車両への需要が高く、ボンゴは急速に普及しました。その結果、韓国では「ボンゴ車(ボンゴチャ)」という呼称が一般化し、ワンボックスカーや小型トラックを指す言葉として定着しました。

これは、日本における四輪駆動車を「ジープ」と呼ぶ文化に近い現象と言えます。

一車種の名称がカテゴリー名として社会に定着したことは、ボンゴという車両が市場へ与えた影響の大きさを示しています。

ボンゴ・フレンディ(1995年〜):オートフリートップによる車中泊の提案

1995年に登場した乗用ワゴン「ボンゴ・フレンディ」は、FF乗用車ベースが標準化する前の過渡期に誕生した、フロントシートの床下にエンジンを搭載したFRのミニバンです。ボンゴ・フレンディにもオートラマ店向けの兄弟車「フォード・フリーダ」が設定されていました。

最大の特徴は、メーカー純正装備として設定された「オートフリートップ(AFT)」でした。これは電動でルーフ部分を持ち上げ、車両上部にテント状の就寝スペースを作り出す機構で、自動車メーカーの生産ラインで装着されていたことが画期的でした。

従来の車中泊では、シートを倒して車内スペースを利用する方法が一般的でしたが、AFTは、「車内空間を上下方向にも拡張する」という新しい発想を提示しました。大規模な架装を施さなくても、大人2名が就寝できるスペースをメーカー純正で提供したことが、1990年代のRVブームを象徴する存在となりましたが、市場にはまだ早すぎたのか後継車種は登場せず1代限りとなってしまいました。

また、フレンディの登場には、後のボンゴシリーズの役割分担という意味もありました。

1999年の商用ボンゴ刷新に向けて、乗用ワゴン系は1.3BOXタイプのボンゴフレンディへ発展し、商用ボンゴは物流用途に特化する方向へ整理されていきます。

つまりボンゴという名前は、

  • フレンディ:乗用・レジャー・車中泊
  • ボンゴ:商用・架装ベース

という形で、それぞれ異なる市場を担うことになりました。

第4章:ボディ構造の変更を伴う大幅改良(1999年6月~):1BOXレイアウトを維持したまま衝突安全へ対応

1999年6月、ボンゴはフルモデルチェンジを受け4代目へ移行しました。衝突安全性能への対応を中心にボディ構造を大幅に刷新するとともに、新たな型式を取得しています。多くのボディ外板を先代から受け継いでいることから外観は先代の面影を残していましたが、法規対応に合わせて車体の基本設計を見直した実質的な新世代モデルです。その方向性は、基本構造を活かしながら安全性を高めた2018年のデリカD:5の大幅改良を思わせるものでした。

この時代、自動車業界では衝突安全性能への要求が急速に高まり、乗用ワゴンでは前面衝突時の安全性を高めるためにキャブオーバー型ワンボックスが淘汰され、フロントノーズを持つ1.3BOXタイプへの移行が進んでいました。商用ボンゴでも同様の方向性が検討されましたが、物流現場で求められる、優れた小回り性能と最大限の荷室容量、荷役性を維持するため、従来型1BOXレイアウトを継続する判断がなされました。独自の衝撃吸収フレームを採用することで、安全性と実用性の両立を図れるという判断は、ライトキャブコンのベース車両として見ても重要でした。

キャブオーバー商用車ならではの、全長に対する荷室長の効率を維持したまま、安全基準へ対応できたことで、キャンパービルダーは従来の設計思想を継続できたのです。

4代目ボンゴの熟成:DPFディーゼルとDOHCガソリンへの進化

4代目ボンゴは、実質的には3代目から続く基本プラットフォームを熟成させたモデルでした。1983年の登場から2020年の生産終了まで、基本構造は37年間にわたり改良され続けたことになります。その間、パワートレインも時代に合わせて進化しました。

2003年:DPF付きディーゼルエンジン採用

2003年12月、新たに開発した直列4気筒・排気量2.0リットルのコモンレール式直噴ターボディーゼルエンジン(RF-CDT型)を搭載しました。排出ガス中の粒子状物質(PM)と窒素酸化物(NOx)を大幅に低減する技術を採用し、欧州向けのMazda6などに搭載している「MZR-CD」エンジンをベースに、新たに開発したDPFの追加、エンジン制御系の改良などを行っています。この技術は、後のSKYACTIV-Dへ受け継がれる排気後処理技術の先駆けとなりました。

商用車では低燃費・耐久性だけでなく、排出ガス性能も重要になります。ボンゴは長寿命プラットフォームを維持しながら、環境規制にも対応していきました。

2010年:L8型DOHCガソリンへ変更

2010年8月には、ガソリンエンジンが新型の直列4気筒DOHC16バルブの「L8型」へ変更されました。従来型からの高出力化と環境性能向上が図られ、重量物を積載する商用車としての扱いやすさを維持しながら、より現代的な性能へ進化しています。

2016年マイナーチェンジ:ABS標準化とシングルタイヤへの統一

2016年2月、ボンゴは大きな商品改良を受けました。この改良では、安全装備の強化としてトラックを含む全車にABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が標準装備されています。

一見すると、安全性能向上のための一般的な改良に見えます。しかし、ライトキャブコンの歴史という視点では、この変更は大きな意味を持つものでした。その理由は、長年ボンゴトラックの象徴であった12インチ小径ダブルタイヤ仕様が廃止されたことです。

ダブルタイヤ廃止の技術的理由

従来のボンゴトラックは、後輪に小径ダブルタイヤを採用することで、荷台床面を低くし架装スペースを広く確保できるという、ライトキャブコンにとって非常に大きなメリットを持っていました。

しかしABSを装備するためには、後輪ブレーキドラム内部に車輪速センサーを配置する必要がありましたが、当時の12インチダブルタイヤ構造ではこの対応が難しく、後輪は14インチシングルタイヤ仕様へ変更されました。ダブルタイヤ廃止はコストダウンや仕様簡略化ではなく、安全装備の標準化と法規対応に伴う技術的な判断です。

なお、採用されたタイヤサイズは185/80R14で、外径は約650mmとなり、従来の小径ダブルタイヤで採用されていた145/80R12の外径約540mmに対して110mmの拡大となり、その分荷台の床も嵩上げされました。

積載性能向上とシャシー強化

2016年改良では、単にタイヤ仕様を変更しただけではなく、積載性能向上を目的として、フレームやサスペンション、駆動系などのシャシー全般も強化され、積載量が仕様により50〜400kg増加しました。また、ATが従来の4速ATから5速ATに変更され、L8型ガソリンエンジンとの組み合わせでは、シフトスケジュールやファイナルギア比も最適化され、動力性能の向上と高速巡航時の回転数低減を実現しています。

燃費についても平成27年度燃費基準を上回る性能を達成しました。

ライトキャブコンにおける2016年改良の意味

商用車として見れば、2016年の改良は安全性・積載性能・環境性能を向上させる重要な進化でしたが、ライトキャブコンのベース車両という視点では、一つの時代の終わりでもありました。

1977年の2代目ボンゴから約40年間続いた、「小径ダブルタイヤによる低床フラットフロア」という特徴が標準仕様から姿を消したためです。マツダはダブルタイヤによる架装性を求める需要に対し、特装車「TESMA」を設定することで対応してはいたものの、一般流通モデルとして低床ダブルタイヤ仕様を選べた時代は、ここで一区切りを迎えました。

2016年以前のボンゴトラックベースのライトキャブコンは、現在では「最後の低床ダブルタイヤ世代」となっています。

現在の展開:OEM車両へ移行した「ボンゴ」というブランド

長年、日本の商用車市場を支えてきたボンゴですが、マツダによる自社開発・生産は2020年に終了しました。これは、マツダが乗用車開発へ経営資源を集中し、商用車についてはOEM供給を活用する方針へ移行したためです。現在も「ボンゴ」の名称は継続されていますが、その中身は自社設計時代とは異なります。

ボンゴ・ブローニィ

2010年に生産終了となっていたボンゴ・ブローニィバンが2019年にトヨタ・ハイエースをベースとしたOEM車として復活しました。従来のブローニィが担っていた、長尺荷室、1〜1.5t積みクラスの商用用途への対応という役割を、現代ではハイエースベースの車両が引き継いでいます。

ボンゴ バン・ボンゴ トラック

2020年以降、標準ボンゴのバンおよびトラックは、ダイハツが開発・生産するグランマックスをベースとしたOEM車へ移行しました。同じ車両は、トヨタ・タウンエースとしても展開されています。

つまり現在のボンゴシリーズは、

  • ボンゴ・ブローニィ:トヨタ・ハイエースOEM
  • ボンゴ・バン/トラック:ダイハツ・グランマックス系OEM

という構成になっています。

かつてフォード、日産、三菱へ自社製品を供給していたマツダが、現在では他メーカーの車両を受け入れる立場になったことは、商用車の開発・生産の集約とOEM化が進んだ現代の自動車業界を象徴する存在とも言えるでしょう。

旧型ボンゴ系ライトキャブコンの維持管理

現在、新車のライトキャブコンではタウンエースなど新世代のベース車両が増えています。

しかし、自社生産時代のボンゴをベースとしたライトキャブコンは、現在でも数多く現役で活躍しており、ボンゴ系シャシーを利用した車両は中古市場でも一定の存在感があります。なかでも2016年以前の小径ダブルタイヤ仕様は、低床フラットフロアを標準装備した最後の世代として、現在もライトキャブコンユーザーから高く評価されています。

足回りの経年劣化

ライトキャブコンは、相応の積載状態で走行し続ける商用車と同様に、足回りやブレーキなどの負荷が高い車両です。相応の走行距離に伴う劣化を想定した整備が必要です。

旧型ボンゴ系ライトキャブコンを長く使用するには、車検を通すだけの整備だけでは十分ではない場合があります。私たちのように、働く商用車とキャンピングカーに対する経験豊富な整備工場による総合的なメンテナンスを行うことにより、安全・安心なキャンピングカーライフを楽しむことができるのです。

CSSファクトリーでは、旧型ボンゴ系(バネット、デリカ系OEMを含む)をベースとしたライトキャブコンについては、車検、点検、鈑金修理からFRPシェル接合部の補修まで、豊富な経験を持っています。車齢10年を超える車両が多くなってきたことから、オーナー様には故障してから修理するのではなく、現在の状態を正しく把握し、必要な整備を計画的に行うことを提案しています。

まとめ:ライトキャブコンの歴史は、ボンゴというベース車の歴史を語ることでもある

マツダ・ボンゴは、決して豪華な装備や高性能を前面に押し出した車ではありません。

しかし、初代のRRによる超低床設計、2代目で確立した小径ダブルタイヤによるフラットフロア、3代目で完成した架装ベースとしての高い汎用性、長期間にわたる改良による熟成によって、日本のライトキャブコン文化を支える重要な存在となりました。

限られたサイズの中で、いかに広い居住空間を作るか。狭い道路でも扱いやすく、家族で旅を楽しめる車両をどう実現するか。その答えのひとつが、ボンゴというシャシーでした。日本のライトキャブコンの歴史を振り返るとき、そこには常にボンゴ系シャシーの存在があります。

自社生産モデルは姿を消しましたが、全国で今なお旅を続ける多くのボンゴベースのライトキャブコンは、その設計思想が時代を超えて価値を持ち続けていることを証明しています。

ボンゴは、日本のライトキャブコン文化の礎を築き、その発展を技術面から支えてきた「歴史的ベースシャシー」として、これからも多くのキャンピングカーユーザーやビルダーに語り継がれていくことでしょう。